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小さな骨のカケラ [おもいでがたり]

2003年の今頃、私は棺桶のようなモノに揺られながら、
ゴーッという轟音の中でオレンジ色に染まっていた。

彼女はスポーツが大好き。
仲間たちとバスケットに汗を流し、ゴルフスクールにも通う。
ゴルフなんてと私は食わず嫌いだったのだが、食べてみればなんとやら、
芝生の上を歩くのは爽快だし、体を動かすのも気持ち良かった。
スキーも、彼女は一心不乱にモーグルに打ち込む。
私は3本滑ったら1本ビール、なんて不届きモノだったのだが、
15年くらいやっているので、それなりに滑っていた。
とはいえスキーに行くのも最近は年に2度ほど。
日帰りするのがおっくうで、宿泊してのスキー旅行ばかりだった。

2003年1月、私はとある資格取得のために学校に通っていた。
もちろん仕事も抱えながらでスケジュールはキツイ。
けっこうハードな日々だったので、彼女ともあまり会えずにいた。
穴埋めといっては失礼だが、めずらしく日帰りスキーに行く事になったのだ。
彼女は前日から私の家に泊まりに来て、朝5時に出発。
8時くらいには到着するから、それからちょっと遅めの朝食。
どこにでもあるスキー場での風景。

当時私は、体力のなさを補うため、カービングで滑っていた。
普通の190cmとかのヤツと比べると取り回しも楽、体重移動でグワッと曲がる。
道具の進歩に感心していた私は、その日スキーブレードを脇に抱えていた。
前の時にレンタルで試し、あまりの滑りやすさに思わず購入していたのだ。
そう、この日が初めての「板おろし」だった。

1本目。
頂上まで行ったものの、ボチボチ体をほぐすかという感じでゆっくり滑る。
恐ろしく滑りやすい。「雪上は私のものだぁ!」気分が乗って来た。

2本目。
小さいコブにもチャレンジ。「お!私ごときの腕でも、なんとか行ける!」

そして、3本目。
距離のある急斜面。彼女は跳ぶように気持ち良く滑っていく。
「よっしゃー!」気分の乗ってきた私も、後に続く。
「ウオーー!スゲースピード!それに曲がる!最高だー!」
私は自分の滑りっぷりに酔い、そして感激していた。

みるみる急斜面も終わりに近付いた頃、私は転倒した。恐ろしいスピードで。

グルグル転がる。右足のブレードが雪にひっかかった。足首がねじれる。
スキーブレードには、解放装置がついていない。外れない。
重力のなすがままねじれ、そして「ピシッ」という乾いた音を聞いた。

転がりながら時間はゆっくり流れ、頭だけが冴えていた。
「あかん、右足首だ。運転できんかも」「たぶんもう滑れない」
「今日のクルマはオートマだ、よかった。彼女に任せるしかない」
「よりによって3本目か、彼女に悪い事した」、、、そして、止まった。
しばらくして力を入れてみる。「ウォッ」全身に電流が走った。これは無理だ。
お尻をずらしながら何分もかけて斜面を下ると彼女に状況を伝え、
私はコースの脇に転がっている。それから30分も経っただろうか。
スキー場でよくみるスノーモービルが、やってきた。

担架で持ち上げられると私は、ボートのような棺桶のようなものに乗せられた。
括りつけられてオレンジ色の覆いを被され、その上からさらに縛っていたようだ。
そして、スノーモービルで引きずられる。
「ゴーーーっ」という風切り音と、船底が地面にぶつかって跳ねる音。
視界はオレンジ。全身を縛られているので、全く身動きはできない。
私はその音を聞きながら、ボーッとなすがままに身を預けていた。

暫くして停止すると、ガサガサとほどく音が聞こえる。
オレンジの覆いが外されると、医務室の前に彼女がいた。
今にも泣きそうな顔をしている。
スキー場の午前は、事故が多い。次々にけが人が運ばれてくる。
関節のないところで曲がっている腕。血まみれのスキーウェア。
そんな人ばかりだから、私がどんな状態なのかと心配したんだろう。
医務室の先生は、慎重にハサミで私の靴下を切る。
赤黒く変色し、継ぎ木をした木の節のように腫れあがった足首。
「たぶん折れてるね。」慣れた様子で足首を固定する。
少しだけ、痛みがやわらいだ。

その後、彼女は慣れない車を運転して教えられた病院へ行き、
私に肩を貸してくれ、中へと運び車イスに乗せてくれた。
帰り道、コンビニで食事を買って来てくれて私は後部座席で寝転んで食べた。
私の家に着くと彼女は一人で出かけて行き、1週間困らない食材を買って来た。
そして、夕食をつくってくれた。

私は、やはり骨折していた。しかし仕事もあるし、学校もある。
右足だから運転は出来ない。そんな私を兄弟は会社まで送ってくれたし、
学校へも駅まで送ってくれた。地下鉄では誰もが必ず席を譲ってくれたし、
学校でも混んでいるのに、3人が座る長机を私一人に使わせてくれた。

休日、彼女はいつも私の家に来てくれた。
私の身の回りの世話をして、夕食を作る。
彼女は帰らなければならないから、大好きなお酒が飲めない。
スポーツが大好きなのに、一緒に体を動かす事もできない。
それでも、いつも笑ってそこにいてくれた。

不注意で怪我をしておいてなんだけど、あらゆるものに感謝する日々だった。
ヒトって素晴らしいなぁ、私は幸せだなあ、と心底感謝した。
そして、彼女とずーっと一緒に楽しく生きられたらいいな、と強く感じていた。

それから半年も経たずして、私たちはコドモを授かった。
嬉しかった。あの時の甘酸っぱい感情を、私は忘れない。

今でも雨の日や、寒いこの時期になると、
右足首に残った小さな小さな骨のカケラのせいで、足首がズキンと痛む。
私は、その度に少し嬉しくなって、全てに感謝した日々を思い出している。


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さおりん

風邪の具合は大丈夫ですか??今年の風邪はしつこいので気をつけてくださいね。
とってもいいお話にカンドーです。普段何気なくされていることでも、こういうときにしみじみと感じることってありますよね。人の優しさとか暖かさって。
奥様との間にこんな素敵なお話があったなんて。何かあってもこのことを思い出せば、いつでも大丈夫ですね。
by さおりん (2005-01-28 20:48) 

スピードスケート=モジモジくん。
いい話しだなぁ。でも、いたいから骨おらないように気をつけようっと。
by (2005-01-28 22:29) 

ボクも早く甘酸っぱい恋をしてみたいです。素敵なお話、ありがとうございました。
by (2005-01-29 00:09) 

アキオ

nice!
by アキオ (2005-01-29 09:47) 

nal

こんな長文を読んでいただき、コメントまで頂戴して感謝しきりです。骨を折ったのが1月20日で、その日に書きたかったのですが頭の中がまとまらず、またまとめるための時間もなかったので、ようやくここに残す事が出来ました。生きてるとたまにこんな忘れられない事があるので、またボチボチ書いていきたいと思います。
by nal (2005-01-29 15:47) 

nal

>さおりんさん
彼女に逆に愛想つかされてたら、それもまた「忘れられない出来事」だったんですが、、、ヨカッタァ(ホッ)
>ふじかわさん
どっから投げて来たんですかその球は(笑)骨は、イタイです。直後は急斜面でズーっとうずくまってましたもん。ほかのスキーヤー&ボーダーに迷惑かけました。
>たきゅたきゅさん
10年もしたら出来るよ!10年もいらないかもね。
>akioさん
サクっとありがとうございます。
by nal (2005-01-29 15:51) 

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