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最悪な日々#2 [おもいでがたり]

本記事は”おもいでがたり”シリーズ「最悪な日々#1」の続編です。
序章はコチラからどうぞ。



 
 
■CHAPTER 03■

1992年2月、冬。
起きているのか寝ているのか分からないほどの気持ちよい酔いの中、
私はクルマに揺られていた。

 
その日はバイトが終わった後、
当時付き合っていた彼女とバイト仲間のナナと3人で飲みに行った。
ナナは同じ市に住んでいたこともあってよく家まで送ったことがある。
終電間近になると付き合っていた彼女は慌てて帰っていったのだが、
その日もガブ飲みしたにも関わらず「もう1件行こう!」となった私とナナは、
同じく同じ市に住むマコトの働いているショットバーへ行くことにした。
マコトの店ならば、遅くまで飲んでもマコトに家へ送ってもらえると思ったからだ。
  
案の定、私とナナはFourRosesの黒を空けベロベロになるまで飲みまくった。
時間は午前3時、マコトの店も閉店だ。
 
免許を取って1年弱のマコトに乗せてもらって、
私とナナは後部座席でボーっと佇んでいた。
私とマコトの家を通り過ぎて、
まずは山間部に住むナナを先に送ることになった。
マコトがナナを送っていくのは初めて。
私が道案内をしつつマコトの黒いクルマは真っ暗な山間部を走り抜ける。
  
「あ、もうちょっと行くと路地みたいな道が右に見えるからそこ曲がって」
 
私は100mほど手前でマコトにそう指示した。
しかし真っ暗な山中の道路で、通り過ぎてしまうほどの細い路地。
マコトはずいぶん手前から路地を探すように減速し、カチカチと右折のウインカーを点けた。
たぶん、曲がる30mほど前で既に時速30kmほどになっていたと思う。
 
そうしてユラリと右に曲がろうとしたその時、
けたたましい轟音とともにマコトのクルマの右側が宙に浮き、
運転席側の後部座席に座っていた私の真横に、
稲光のような閃光が鮮やかに線を描いたのだ。
  
極度に速度を落としていたマコトのクルマ。
実はその後ろから、猛スピードでダンプトラックが迫っていた。
元来気が弱くさらに免許を取得して1年足らずのマコトは、
慣れない道で路地を探すことに集中するあまり
後ろからやってくるダンプトラックに気が付いていなかった。
 
もちろん、酔った私とナナもそうだった。
 
ダンプトラックは、ノロノロと走る黒いクルマを、
右側から追い越そうとさらにスピードを上げていた。
そこに右折しようと右寄りに走っていたマコトのクルマがぶつかったのだ。
  
ダンプの左側に飛び出た何かの金属とマコトのクルマが激しく擦れ合って、
私の真横で鉄工所のように激しく閃光が飛び散った。
車体右側がグウっと浮かび、
1、2秒のはずなのに私にはその閃光が長い時間続いているように思えた。
 
目の前でカミナリの稲光を見ているような花火を見ているようなイメージながら、
酔っていたからだろうか、不思議と私は落ち着いていた。
 
…キ、キレイだなぁ……。

真っ白な光に視界を包まれながら、その時私は不意に思った。
  
人生が終わる時ってこういうものかもしれないな、と。
 
そして続けてノンキにもボンヤリと数時間後の事が頭に浮かんだ。
  
明日の講習、オレはちゃんと行けるんだろうか、と。



 
■CHAPTER 04■
 
 
呼び出されたのは1月の早い時期だった。
警察だったのか検察庁だったのか裁判所だったのかよく憶えていないが、
とにかく普通じゃないところからの呼び出し。

しかし私はわかっていた。

…は、はやいな…ほんの2、3週間でこの展開か…。

1ケ月前に財布を盗まれ再発行の手続きをした時、
窓口だったか誰だったか憶えていないけれど、こう言われたのだ。
  
「あなたは、免許停止処分を保留中ではありませんか?」と。
 
その通りだ。
私は北海道の阿寒山中での47kmの速度違反を否認した。
あれから3ケ月以上経っていたから、不起訴処分で終わったのかと思っていた。
しかし私が住む街の警察署にちゃんと報告は回っていて、
たぶんこのままペンディングで不起訴にするか検察に回すか、
どうしようかという段階だったのだろう。
  
免許証の再発行は無事行われたのだが、
それからわずか1ケ月足らずで私に検察庁から呼び出しがかかったのだった。
呼び出しの日、私は39度を超える熱があった。
それまでは色々本で勉強をして、
納得がいかないなら徹底的に対抗したほうがいいと思っていたので
そのつもりでいたものの、いざ検察官とヒアリングの日に39度の熱。

検察庁の狭い調書を取るような部屋に通されると、
まず週刊の漫画雑誌ほどもあるぶ厚い書類を2つ、机の上にドンと積まれた。
 
「これね、全部あなたの犯した違反に関する書類です。」

少年ジャンプ2冊の厚さだ。一体何ページあるんだろう?
  
「ほらね、状況調査から機器の正確性までぜんぶ載ってます。」
  
  
そしてすぐにけしかけるように言われた。
 
否認するならそれでけっこうだし裁判するのもけっこうです。
あなたは違反してない自信も自負もあるでしょうが、
それを客観的に誰にもわかるように説明できるだけの客観的事実を出せますか?
現地に行って、詳細に状況や出してない根拠を集められるのならやってください。
こちらは、ここにある書類をもって違反しているという確信を持って対処しますから。
 
 
私の抵抗は、あっけなくすぐにそこで終わった。
熱もあったし口も回らない。
北海道まで行って自分のための証拠収集なんて出来っこない。
どこで捕まったのかすらもわからないというのに。

しぶしぶ私はそこでサインをして、
その後納付書を持って行って罰則金8万円を納めた。

8万円あったら、あと北海道に10日以上は居られただろう。
それを考えると悔しくて悔しくて、私は相当落ち込んだ。
1ケ月前に盗まれた財布は帰ってきたけれど、
結局8万円は取られちゃったも同じだなぁ、と。
元はと言えば、再交付なんかするハメにあったからだ。
つまりは財布さえ盗まれなければきっと不起訴だったはずだ。
私の脳裏にそんな八つ当たりにも似た感情が渦巻いていた。
    
    



   
   
■CHAPTER 05■
   
 
1991年12月早々に財布を盗まれた私は、
ついに犯人を追いつめる手がかりを見つけた。
友人やバイト仲間とも相談して、私はすぐに実行に移そうと企んだ。
  
事件発生から3日後、
その日アルバイトのキリがついたら銀行と派出所に行こうと私は決意した。
およそ5帖ほどの狭い包装コーナーが私の居場所だ。
一緒に働こうと誘ったサークルの後輩たちも、
ちょっとヒマが出来ると私のところにやってきて休憩していった。
  
財布の件で後輩やデパートのお姉さんが何度もやって来ていたが、
ようやく私が一人になった頃、
忙しく手を動かしている私の元にケンがやって来た。
ケンは1浪して同じ大学に入った1年生だ。
非常に小柄でやせ型のケンも、私が誘った後輩だ。
   
「おおケン、歳暮ん時は忙しいだろ?デパートなのに体力勝負だしなぁ。」
 
私はノンキに話しかけた。

「nalさんこそ大変ですよね、でも今日ですよね。」

「おお!絶対犯人捕まえてやるよ。」
「言い方がヘンだけど、ちょっとワクワクしてんだよ。」
「オレの財布だけだったし、被害がオレだけでまだ良かったよなぁ。」
  
  
ヒモを縛る機械がバタンバタンと大きな音を立てている。
空調も「ゴー」と盛大な音を立てている。
 
そこに居るのは、珍しく私とケンの二人だけだった。
  
 
   
「nalさん。」
  
 
 
機械や空調の大きな音の中で、小さくケンの声が聞こえた。
  
 
 
 
  
  
 
「僕なんです。」
  
 
 

 
 
その時、一瞬私の時間は止まった。
  
  
  
  
  
  
「僕が盗みました。」
 
 
 
 
 
私は首根っこをグイと掴まれるようにグルリとケンのほうを向いた。
手だけは、相変わらず石けん箱を包装しつづけたまま。
  
黒くてゴツいセルフレームの眼鏡の奥で、
真っ赤な目をしてまっすぐに私を見ているケンが居た。
まっすぐに直立したまま微動だにしないケン。
  
  
「オマエ、何言ってんだよ?」
 
 
 
ケンの言っていることの意味がわからなかった。
しかしその目は真っ赤で冗談には見えない。
  
  
  
そこに待っていたのは、信じられない結末だった。

ケンの家は母子家庭で妹と3人暮らしだったことは知っていた。
そして生活は決して裕福とは言えなかっただろうし、
事実彼は奨学金で大学に通っていた。
いつも同じ服を着ているように思えたし、バイト代も家に入れていると聞いていた。

家庭のお金に困窮しお金に追われ、魔が差してしまったんだろう。
私はずっとこの同じアルバイトをしていたから、
普通のアルバイトより稼ぎは良かったかもしれない。
きっと、財布にたくさんお金が入っていると思ってつい持って行ってしまったようだ。

しかし当ては外れ私の財布には5000円も入ってなかった。
当たり前の話だ。
私は稼いだだけ遣ってしまっていて貯金なんてまったくなかった。
その頃は家庭環境もプライベートも荒れていたので、
私は日々様々なところで飲み、外泊しを繰り返していた。
宿泊代と飲み代で、馬鹿みたいにお金は飛んで行った。
 
それこそアパートに一人暮らしをしたほうが、よっぽど金銭的には楽だったほどに。
  
当てが外れたケンは本当にお金に困っていたんだろう。
焦って私のカードで銀行でお金を引き出そうとしたものの、結局出て来ない。
そしていつもは温和でノホホンとしているように見える私が
執念を見せて犯人を探し始めた。
  
学校でもバイト先でもいつもその話で持ち切りだった。
その輪の中には、当然ケンも居たのだ。
 
そしてついに観念した。
バイト中だったし誰かがやって来るかもしれないから、
すぐに私はこう言った。
  
「後でゆっくり話そう。返してもらうのも誰も居なくなってからでいい。」
   
石けんの箱を包装するのは単純作業だ。
100箱200箱と同じ単純作業を淡々と続ける。
手だけは休みなく動きながらも、私は明らかになった結末に動揺していた。
  
ケンは可愛い後輩だ。そして家庭の事情も察している。
  
しかし…。 
  
 
結局、私はケンを許した。
バイトが終わった後裏の通路で財布を返してもらった。
  
  
「ゴン!」
 
固く握りこぶしを作って私はケンの頭に強烈なゲンコツを一発。
  
  
私も動揺していたから詳しくは憶えていないけれど、
 
誰にも話さないでおく。お前もこのことは忘れろ。
ただ万が一次があったとしたら、お前は確実に警察に送られる。
今回だけ、今回だけはオレがお前を許す。
お金が必要ならココで懸命に働け。
他のバイトをするよりも、絶対お金になって返ってくるから。
  
今思うと、
私は校則を違反した生徒を先生が叱るようなやり方だった気がする。
もしくは罪を悔いる家族を諭すような叱り方。
 
私は、同じバイトで働いてくれている後輩たちを弟のように思っていたのだろうか。
その時にそんなことを感じたことは一切ないけれど、
今思うとそんな気持ちだったのかな、という気はする。
そしてその時の行動が正しかったのか間違っていたのかは今でもわからない。
  
けれどケンはその後のお歳暮の期間中、
本当に休む間もなく懸命に働いた。誰よりも熱心に働いていた。

この時の事実は、完璧に闇に葬られた。
取得物で見つかったとか何とか嘘をついて誤摩化したのだと思う。
真実を私は誰にも話さなかったし、きっとケンもそうだったろう。
けれど私が忘れても、ケンの心にはずっと置かれたままなのかもしれない。
  
   
   



   
 
■CHAPTER 06■
 
 
轟音と稲光を真横に従え浮き上がったマコトのクルマの中で、
ホロ酔いの私はボンヤリと「キレイだな」なんて考えていた。
 
そして翌日のことを思った。
 
オレ、ここで死んだら明日の講習受けられないな、と。
  
そしてこの3ケ月ちょっとの間に起きた最悪な日々について考えていた。
 
 
北海道で速度違反で捕まった3ケ月前のこと。
それから少し経って私は財布を盗まれた。
そのために免許証の再交付に行ったことで、
速度違反の事件について起訴を決めたように私には思えた。
おまけに盗んだ犯人は、大学の後輩だった。
 
その頃は家族関係もプライベートもあり得ないほどグチャグチャだった。
飲んで歩いては泊まり歩いていた。
そして最後に、マコトに送ってもらっている車内で私は宙を舞った。
   
   
運が良かったのか何なのか、
事故はそれ以上のことにはならず無事にクルマは停止した。
私は死なずに済んだ。
  
すぐに荷を運ぶダンプトラックのオッチャンが血相を変えて降りて来て、
 
「テメエ!ウインカーも出さずにフラフラしてんじゃねぇ!」
 
と怒鳴り散らした。
  
気の弱いマコトは私の背後に隠れて、
  
「nalちゃん、ケーサツ呼んでるからそれまでこの人と話つけてて。」と懇願した。
  
ナナと二人でバーボン1本空けてフラフラの私。
そんな状態なのに私は事実確認と事故処理の交渉をした。
運転手は私じゃないです、と断って警察にも事故状況を話した。
後は、保険屋さんの問題だ。
 
そのままナナを自宅に送り届けてもらい、私はマコトの家に一緒に行った。
マコトは事故直後から首が痛いと言っていた。
昔からよくして頂いているマコトのお母さんに「お願い」と頼まれて、
酔っているまま私は一緒に救急病院へ行った。
  
その日解放されたのは、たしか午前7時頃だったと思う。
最悪の日々は、ついにクライマックスだ。
  
私は、その日が免停の講習の日だったのだ。
講習を受講することで、30日間の免許停止処分が1日間になる。
受講しなければ30日間の免許停止だ。
二日酔いでかつ睡眠不足のまま、
頼み込んでそのままマコトに運転免許試験場まで送ってもらい、
私は免停の講習を受けた。
  
たしか講習開始時に免許を提出し、終了すると返してもらえた。
  
  
嵐のような最悪な日々の、
最後に返してもらった免許をマジマジと見つめつつ、
私は乾いた笑い声がわき起こって来た。

一体この最悪の日々を、
この運転免許証は何を思い見ていたのだろう。
 
そんな馬鹿なことを考えつつ、
ずっと私は「再交付」の記述のある免許証の裏にさらに追加されてしまった、
「講習受講済み」の一行を見つめていた。




<ひとりごと>
 
実は昨日、彼女が運転免許証をなくしたために再発行に行ってました。
当然クルマの運転はしてはいけないので送り迎え。
その時に、15年前のこの頃のことがよみがえりました。

ホント、サイアクな日々でした…。

その時思ったのは、最悪であればあるほど
悲しみとか怒りじゃなくて、空笑いになります。

ホント、そんなカンジの日々でした…。
 
記事はすべて記憶をたよりに書いていますので、
所々が現実とは異なっているかもしれません。
免許の裏書きの正確な記述とか憶えてませんので…。 

それから時系列を「文章」としてどう構成しようか悩んだ挙げ句に
今はこういう記事になってますが、まだこれで完成かどうかわかりません。
そのうちエピソードの構成を見直すかもです、ペコリ。

あ!それから記事中の人名は、もちろんすべて仮名です。


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GEN11

すごい。
なんてドラマチック(失礼…)なんでしょうか。
いろんな出来事を知る一枚の免許証なんですね。
そういやワタシも免許証の再発行をしたことあります。
ワタシの場合ただ単に更新し忘れただけなんですが(汗)。
by GEN11 (2007-08-02 12:49) 

読み入ってしまいました。
・・・ドラマ化できますね。。。

>私は日々様々なところで飲み、外泊しを繰り返していた。
>宿泊代と飲み代で、馬鹿みたいにお金は飛んで行った。
現在のnalさんからは想像もつかないですが、
すごく親近感沸いちゃいます。。。
ボクもバイト代はいつもそうでした・・・(^^;
by (2007-08-02 17:17) 

Nishi

どきどきしながら読んでしまいました。

なにはともあれ、ダンプとぶつかっても無事であられたことが良かったです。
by Nishi (2007-08-02 21:32) 

にっしぃ

昔の事ってちょっとしたきっかけで
浮かび上がってくることがありますね。。。
by にっしぃ (2007-08-03 15:33) 

ぷぅちん

すごい。夢中で読んでしまいました!
by ぷぅちん (2007-08-04 22:03) 

nal

>GEN11さん
この数ヶ月間はセットで思い出します。
ワタシにはつながっている出来事でしたね。
>たろうさん
今もそんな生活(?笑)なたろうさんに時々あこがれます。
>Nishiさん
酔ってなかったらチビってたかも(笑)
>にっしぃさん
そうなんですよね。
年とったってことなんでしょうか…。
by nal (2007-08-06 17:54) 

nal

>ぷぅちんさん
わかりづらい構成でスミマセン。
考える時間が少なかったんで…(反省)
by nal (2007-08-06 17:54) 

maya

nalさん記憶力いいよね(^-^*)(..*)ウンウン
by maya (2007-08-06 20:44) 

斉藤ようこ_nina

そんな日々もあり、そのお返しに??ハッピーで最高!の日々もあり…なんでしょうね〜。
最悪のときって、忘れられないですよね。
by 斉藤ようこ_nina (2007-08-07 00:05) 

nal

>mayaさん
自分でもそう思います。たいてい記憶は驚かれますねぇ。
>ひなぐまさん
そうなんですよね〜。人生いろいろだからこそ面白いんですよねぇ。
by nal (2007-08-07 12:49) 

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